原爆ドーム前で過去と未来を考える

広島県に来てます。

そして原爆ドーム前で今書いてます。

僕ははじめて実物見たんですけど教科書とは全然違ってました。

広島に着いたのは朝8時!
店もやってないし、まずは観光するか、っと
地図見ながら原爆ドーム探して、ここら辺のはずなのにないなーって思ってたら
木の陰から

image

image

なんというか、ありえない場所にありえない建築物があるという違和感。

いや、教科書で何度も見ましたよ、歴史もどちらかといえば得意な方でしたし。

でもね、違うんですよ。

正面見たら昭和の香りが漂う原爆ドーム、周りを見れば2015年の街並み。

正面見たら昭和の香りが漂う原爆ドーム、周りを見たら2015年のファッションだったりスマホ音。

東京オリンピックの影響や今年が70年経過の年もあり、通りすがる人の半分以上には外国の方でした。

前には川がすぐあり、熱さのあまりここに飛び込んだのかー、とか思うとしばらく動けませんでした。
image

的となったとされるT字の橋を渡り、原爆ドーム全体を見渡せるベンチに座りました。

image

今やらなきゃいけないこと、メール返さなきゃいけなかったり、電話で確認しなきゃいけないことなど全て置いといてスマホの電源切って
一時間だけ過去の日本、世界について考えました。

ここからは僕の見解なので間違った解釈で反感を買うかもしれませんが
ただの演奏家の戯言と思って聞いてください。

どういう思いでみんな見に来ているのか。

日本人からしたら
「なんてことしてくれたんだ!」
的な怒りや悲しみの感情しかないと思います。
確かに、その通りです。
僕も悲しいです。
外国の方も似たような表情で見ている感じがします。

でも、当時の日本は上司が
「戦いに行け!」
と言えば選択の余地無く行かなければなかなかった。

身体が健康な働き盛りの男性は皆。

完全に敗北が見えていても。

実際には日本は敗北していない様に感情コントロールしていたみたいですが。

当時は負けと認めずに
いけ!戦いにいかなければならない

という状況。

これは原爆がなかったらまだまだしばらく続いたんじゃないかと思う。

原爆という悲しい兵器で14万人もの命が一瞬でなくなりましたが

だからと言って
「このやろう」
ってアメリカを憎むだけの感情で考えを終わらすのはもったいないと思う。

だって勝ち目がないなら敗北宣言をして戦うことをやめたら戦わないことだってできたわけじゃないですか。

もちろんかっこ悪いですけど。
いくぞーって戦って、やっぱ無理です。
なんて上の人は言えないっすよね。

でもそういうのは疑問に持たなきゃダメですよ。上の人も下の人も

逆らえない。っていう感情はどこにでもあったと思う。

上層部でも、戦争にいく者も

そこを疑問に思って実際どうなんだ?って考えて実際には思った行動しなければいけないと思うんです。

当時は行動したら異端児扱いされて意見もみ消されてボコボコにされて何も変えられないかもしれないですが。

でも現在は違います。

いち個人が意見を持って行動すれば必ず賛同者が現れると思います。

僕は縦社会のダメな部分をよく見てきたのでわかります。

今は横に拡がる社会です。自分の意見が正しければ上の人は聞く耳持たなくても横の人は聞いてくれます。

例えば国を変えたりすれば縦の社会ではなくなりますから。

と、一時間あまり、全てを忘れてメールと電話を無視してベンチでこれ書いて一休みしてたら

日本で一番有名なワンマンバンドのファニートンボさんから嬉しい応援コメントきました。

なんちゅータイミングだ。

これについてはまた書こう。

今は自分がやらなければならないことをなんとなく整理できた気がする。

雨が降ってきたので木の屋根で濡れない場所でスズメさんと一緒に引き続き原爆ドーム前で雨宿りしてます。

image

って数十分くらい誤字を書き直していたら止みました。

よし!前に進んでいきましょう(^_^)

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です